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トラッキングから生まれる新データ 3.方向転換と加速・減速
音程の移動と音の強弱の変化で音楽を表現するのと同じように、動いている方向とスピードの変化でサッカー選手は自身を表現していると言える。様々なルールはあるもののフィールド内を自由に移動できるサッカーの中には多くの「動き」が存在し、22人の動きとそのうちの1人が蹴るボールの行方が勝敗を決める。今回のコラムではその「動き」のうち、方向転換とスピード変化(加速・減速)に注目し、トラッキングデータを分解していこう。
下図はとある選手のある試合の前半のうち、インプレー時の動きを可視化したものだ。色は時速を表しており、赤い方が速い時速で動いている。このように色と線が入り乱れるのがサッカー選手の動きだ。

図:ある選手の試合前半の動きを可視化
方向転換と加速・減速は日常生活においても行われているアクションであり、座っている状態から歩き出せばそれは「加速」を行ったと言えるし、角を曲がれば「方向転換」と言える。通常の生活においても多い動作であるため、サッカーの試合のデータとして取得する場合はいくつかの条件を設けている。
■それぞれのデータの定義
まず方向転換だが、下図のように0.2秒毎の選手位置を時系列に並べた上で、その時点と1秒後の移動方向角度を比較して60度以上となったケースを取得した。最低時速は8km/hに設定。連続で60度以上が続いている場合は同一グループとし、1回としてカウントしている。現在取得しているトラッキングデータでは体の向きのデータはないため、あくまで動いている方向として捉えて頂きたい。

図:方向転換説明図
加速・減速も時系列に時速を並べた上で1秒後の時速と比較して加速度を算出。2.5m/ss以上を加速、4m/ss以上を急加速、-2.5m/ss以下を減速、-4m/ss以下を急減速として取得している。下図はある選手の6秒間のスピード変化をグラフで表したものだが、この中で加速と減速は2回計測されている。

図:加速減速説明図
現在、加速・減速は多くのGPSデバイスにおいて取得できるため一般的なデータとなっているが、GPSデータの精度、生データから加速・減速として落とし込むロジックの差異によって、回数などの数値に差異が生じやすい。デバイス間の差異については検証できないが、ロジックについてはいくつかのパターンで生成可能だ。実験的に今季J1の1節9試合を1m/ss~6m/ssまで0.5m/ssずつズラした上で加速・減速の回数を取得すると、下図のようになった。

図:基準別の加速減速の1試合当たりの平均回数
1m/ssは1秒間に時速が3.6km/h上昇したことを指し、止まっている状態から歩き始めただけでも達する基準のためかなり多い数となる。基準の一つとして取得している2.5m/ss以上は、1m/ss以上の2割余りの回数で4~6km/hで歩いている状態から1秒間で13~15km/hで走り始めるような変化だ。もう一つの4m/ssは4~6km/hから1秒間で18.4~20.4km/hの加速であり、高強度走行に達しやすく負荷が高い変化であるため、こちらも一つの指標として用いている。
■試合全体の数値と関係性
これらの数は1試合においてどれくらいの回数を記録するのか。2020年以降の各試合のデータを分布すると、加速は1200~1350を中心に1000~2000の間、急加速は150~180に数が集中しており、全体としては100~300の間となっている。減速・急減速も加速と似たような数値だが、加速よりも回数が多い傾向にある。方向転換の方は60~120度(図中では方向転換60と記載)のデータが1300~1700回、120度以上の場合は600回前後に集中した。また、方向転換を高速で行うのは難しいため、減速・加速が発生しやすい。この影響もあり、これらのデータは正の相関があると言える。

図:1試合の回数分布

図:加速減速と方向転換の関係
では、試合の勝敗との関係はどうだろうか?サッカーの試合から生まれるデータは多くあるが、実際の勝点と何らかのデータの総数に相関がある事例はかなり少ない。こちらも2020年以降のチームの試合平均勝点と各データの試合平均回数を並べたが、下図のように強い関係は見られなかった。現時点のJリーグでは、単純にこれらの動きの回数を増やせば勝てるチームができあがるわけではないということになる。

図:各データの平均回数と平均勝点
■状況別のデータ傾向
サッカーの試合の中には様々なシチュエーションが存在する。試合全体の回数は負荷としての利用はできるものの、より詳細な分析を行うためには細かく見ていく必要がある。ここからは状況を分けて見てみよう。

図:保持時と被保持の差異(保持時の回数-被保持時の回数)
状況分けの最も簡単な例が、自チームがボールを保持しているか、していないかの違いだ。各データの保持時と被保持時(相手が保持)の差分(保持時の回数-被保持時の回数)を算出すると、どのデータも集中しているのはマイナス側であり、被保持のケースの方が多い傾向となった。ちなみにこのデータにおける保持、被保持はアウトプレー中の場合でも次の攻撃がどちらかによって分けている。例えばAチームvs BチームにおいてAチームがコーナーキックを獲得した場合、アウトプレーからコーナーキックを蹴るまでの時間に発生した加速などのデータはAチームの場合は保持として、Bチームの場合は被保持としてカウントしている。
ボールの保持の時間は試合やチームによって大きく異なるため、割合でも比較してみよう。

図:ボール保持率と各データの保持時割合
ボール保持率(自チームのボール保持時間÷アクチュアルプレーイングタイム)と各データの保持時の割合(保持時の回数÷全体の回数)を散布図に収めると、加速と60-120度方向転換の保持時と被保持時の回数がほぼ同一になるのがボール保持率55%前後、急加速や120度以上の方向転換となると、ボール保持率が6割近くに達しないと同一にならない。減速・急減速は加速・急加速と同一傾向のため省略させてもらうが、こういった動きの回数は相手がボールを保持している時の方が増えやすいことが分かる。
次にFootballLABに掲載しているチームスタイルで分けて見よう。サイトにて掲載している攻撃セットプレー、ショートカウンター、ロングカウンター、敵陣・自陣ポゼッションに加え、他ポゼッションとダイレクトプレーを追加している。敵陣・自陣ポゼッションはそれぞれのエリアにて20秒以上の保持が基準となり限定されてしまうため、これ以外で他のスタイルの条件に当てはまらない攻撃のうち、エリアに限らず5本以上パスを行なった攻撃を他ポゼッションとした。ダイレクトプレーは上記スタイル以外で攻撃開始時に縦に40m以上の前進を狙った攻撃が該当する。ゴールキックにおいてロングボールを蹴ったシーンが最も分かりやすい例だろう。

図:チームスタイル別の攻撃1回当たりの回数

図:チームスタイル別の各データ1回当たりの秒数
上表は攻撃1回当たりの平均回数と、1回のデータが発生するまでの時間(秒数)を頻度として掲載している。頻度は数値が少ない方が動きは多い傾向と解釈して頂きたい。平均回数だけで見ると敵陣・自陣ポゼッション攻撃の数の多さが目に留まるが、これは敵陣・自陣ポゼッション攻撃の時間の長さが影響しており、1回当たりの時間データを見れば、この2つの発生頻度が少ないことが分かる。一方でポゼッション系の攻撃は保持チーム側と被保持側で差分が大きく、特に急減速や120度以上の方向転換のデータが顕著だ。守備側は相手の攻撃の出方によって素早い変化が求められるため、これらのデータが増えていることが推測される。

図:攻撃開始3秒までの平均回数
攻撃開始3秒までに絞った上で平均回数を見ると、攻撃が切り替わった際のカウンター時における加速や方向転換の負荷の高さが分かる。また、コーナーキックなど相手のペナルティエリア近辺に密集した状態が多い攻撃セットプレーも加速が起きるシーンの1つだ。キッカーとゴールキーパーに注目が集まるペナルティキックも、こぼれ球を処理するために数名の選手がボールに迫るため、加速や急加速が発生している。

図:シュートに至ったケースとの頻度の比較と加速位置
シュートに至った攻撃時とそれ以外の攻撃時で頻度を比較すると、差分の大小の違いはあるが多くの攻撃においてシュートに至った攻撃時の方が加速・減速の頻度が多い傾向が出ており、特に急加速、急減速はその差分が大きい。加速や急加速をエリア別で見るとゴール前が多く、シュートにつながるチャンスを創出できたからこそ加速が生まれたとも言え、単純に「急加速・急減速を増やせばシュートにつながる」と考えるのは早計ではあるが、急なスピード変化は相手の守備網に綻びを生じさせることができる。
ここからは特定のシチュエーションにおけるデータを抽出した上で選手の特徴を見てみよう。
■マークされている時のFWのデータ
まずは「相手DFにマークされている時のFWのアクション」を紹介する。トラッキングデータから相手チームの選手と一定秒数以上近接していた場合をマーク中と定義し、その中からゴール前に密集するセットプレーを省いてボール保持選手より攻撃方向前方にいたケースを抽出。マークされている状態での加速(2.5m/ss以上)と方向転換(60度以上)の頻度(1回当たりの時間)を下図のようにマッピングした。データは2020年から2022年の7月まで。出場時がFW(1トップ、2トップ、3トップの中央)で合計2000秒以上の被マーク時間を記録した選手を対象としている。

図:マークされている時のFWのデータ(加速頻度と方向転換頻度)
グラフ右上が加速も方向転換も多い選手で、大迫、山﨑、上田らがそれに該当する。逆に左下にいるユンカー、山下、ドウグラスらは、双方のデータともに少なめの選手となる。元々加速と方向転換は相関が強めのデータなので右下と左上にはプロットされにくいが、左上のアンデルソンロペスは、加速はやや少なめだが方向転換は多いという傾向で、右下の呉屋や知念はその逆だ。当然ながら加速や方向転換の数が多いから優秀、という分かりやすい世界ではなく、動きながらチャンスを作る選手もいれば、ここぞというタイミングで動く選手もいる。ユンカーの見事なオフザボールの動きから生まれたゴールシーンは少なくない。一方、毎試合発表されている走行距離(総移動距離)データではそれほど目立たなくても、こちらのデータでは加速、方向転換ともに多い傾向にある選手もおり、特定のシチュエーションにおいて動いていることが分かる。もちろん、マークされている時の相手との駆け引きはこういった動きのみならず、上体の使い方、体や顔の向き、視線の変化など多岐に渡るものであり、加速、方向転換はその中のほんの一部であることは留意して頂きたい。

図:マークされている時のFWのデータ(加速頻度と減速頻度)
もう一つ、加速頻度と減速(-2.5m/ss以下)頻度のグラフも紹介しよう。方向転換の際に減速が生じやすいため、傾向としては一つ前の図と同じようになるが、減速を生むには元々動いている状態である必要があり、マークされている時に静止に近い状態であった場合はほぼ発生しない。よって極端に頻度が少ない選手が存在する。
興味深い点がいくつかあるが、その中で現在福岡のフアンマデルガドについて触れよう。Football LABではプレーデータを中心に作った選手のプレースタイル指標を展開しており、2021年度のデータにおいてフアンマは、山下やドウグラスにスタイルが近い選手として選手データページに掲載している。しかしこの散布図においてフアンマは彼ら2選手と真逆の位置におり、同じタイプの選手とは言い難い。このようにトラッキングデータを付加させることで、新たな違いを汲み取ることが可能となり、スカウティングにおいて新たな視点を増やすことができる。
■裏抜けラン開始前後のデータ
コラム「トラッキングから生まれる新データ 1.裏抜け」で紹介した裏抜けも、方向転換後に走行を始めたり、一定以上の加速を行うケースがある。一旦下がって受けるふりをして反転し、裏へ抜けるようなシーンを目にする機会があるが、こういった動きを混ぜることで相手D Fを引き寄せてスペースを創出することができるのだ。
まず、この2年半の裏抜け合計数300以上の選手を、裏抜けラン開始時に加速(2.5m/ss以上)を伴った割合と、裏抜けラン直前に方向転換(60度以上)を伴った割合を下図にまとめた。こちらのデータはポジションを絞らずに裏抜け回数から取得しているため、FWに限らずサイドの選手も掲載される。

図:裏抜けラン開始前後のデータ
この中だと加速する傾向が最も強いのが藤井となり、低いのは皆川となったが、両者とも方向転換の割合は近い位置にある。同様に方向転換の割合が最も高いのは駒井で、低いのはドウグラスヴィエイラだが、こちらも加速の差異は大きくなく、全体的に菱形に近い形でデータが集まっているのが特徴だ。

図:裏抜けラン開始前後のデータ
裏抜け回数が多かった選手の詳細を見てみよう。60度以上としている方向転換を30度毎に分解し、加速も2.5m/ss~4m/ssと4m/ss以上に分けて割合を算出した。この2年半の裏抜け数トップタイである前田はスピードに目を奪われてしまう選手だが、裏抜け前の方向転換割合も高めで、反転(150度以上)してからの裏抜けも他の選手と比較して多い傾向だ。そしてラン開始時の急加速も多く、DFを振り切るための事前動作を行なった上で自身のスピードを生かしていることが分かる。方向転換そのものは少なくとも水沼のようにどの角度も数がほぼ変わらない選手もおり、対峙する選手から見ると難しい予測を強いられる。
こういった例のように、加速・減速・方向転換からよりチームや選手の詳細な傾向を知ることができる。それぞれの動きのクオリティを分析するにはまだまだデータの種類と研究が不足しており、特に減速においてはインプレーの終了時など加速以上に自然発生的に生じるケースが多く、負荷以外の調査・分析をするためには戦術的な意味があるものとないものに分ける必要がある。将来的にはこれらを加味した上で発展し、より分かりやすい形で選手、スタッフに扱われるデータとなるだろう。
八反地勇
※2020年~2022年7月までのJ1データを利用

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