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トラッキングから生まれる新データ 1. 裏抜け
サッカーは広大なフィールドの上で22人の選手が比較的自由に動くことができるスポーツだ。この全員の動きを把握するのは難しく、中継のカメラでも全員を捉えているシーンは少ない。そのためサッカーのデータ化はボール保持者が対象となり、どこで、何を行ったかを時系列でインプットし、集計するところから始まった。実際、試合を見る時にボール保持者を視野の中心に置くサッカーファンは多いだろう。しかし、1試合において1選手がボールを保持する時間は少なく、保持者のプレーの選択肢と精度はボールを持っていない選手の動きによって決まるシチュエーションが多い。このようなオフ・ザ・ボールの動きは過去のデータの取得方法では作業の難易度が高かったが、トラッキングデータやGPSデータによって取得が容易になった。Football LABではすでにこれらのデータの一部をJ1各チームのページにあるチームスタイル指標や、過去のコラムでも掲載しているが、改めて紹介していくとしよう。
ご存じの通りサッカーはオフサイドラインが設定されており、一部のプレーを除いてリリース時にこのラインより深い位置にいる味方へボールを送れない。そのルールを踏まえた上でチャンスを創出するために、相手の裏のエリアを狙いたい攻撃側の一手として使われるアクションが「裏抜け」だ。単に裏へボールを送るケースだけではなく、裏抜けにより相手の最終ラインを下げ、ラインの手前の選手にボールを送りやすくする意図もあるだろう。裏を取る駆け引きは体の向きや視線の変化など細かい要素もあり、残念ながらトラッキングデータでは選手の意図を全て汲み取ることはできないが、「裏を取りに行く走行」という一連のアクションであれば、トラッキングデータから判定した最終ラインと選手の動き方によって抽出できる。
裏抜けシーン抽出例
保持チームの選手を薄い赤色、相手チームを灰色とし、裏抜けの一例をアニメーション化した。相手チームの最終ラインに対して保持チームの背番号9の選手が裏を取ろうとしていることが分かるだろう(濃い赤色で表現した部分)。このような一連の走行を「裏抜け」と定義し、選手の配置が特殊となるセットプレー攻撃(P K、C K、アタッキングサードに選手が集まるF Kなど)の序盤を除いたすべての保持チームの選手を対象にデータ化した。本人がボールを運びながら裏を取りに行くケースもあるが、今回の記事ではそれらは省き、アニメーション画像のようにオフ・ザ・ボールの状況からのアクションに限定している(裏抜けアクション後にボールを受けた場合はカウントされる)。また、裏に向けて走り出したとしても、ラインと交差する前に走行を辞めた場合はカウントされない。
2020J1の総移動距離データ
現在、Jリーグで取得しているトラッキングデータでは24km/h以上の走行を「スプリント」、「21km/h~24km/h」をハイスピード、「14km/h~21km/h」をランと分類しているが、「裏抜け」のデータは「ラン」の速度範囲に該当する14km/h以上で1秒以上継続している走行を対象とした。2020年の明治安田生命J1リーグの全試合全選手の総移動距離のうち、14km/h以上で走行する距離は全体の22.9%に当たる。14km/hと言われてもイメージしづらいかもしれないが、自転車を普通にこぐくらいのスピード感を想像して頂きたい。また、加速(2.5m/ss以上)時の到達先の時速も14km/h付近となるケースが多く、スプリントのような目立つ高速走行ではないが、移動により戦術的な変化を起こす速度帯と言える。
攻撃内の裏抜け試行率データ
2020年J1においてゴールにつながったオープンプレーの攻撃全体において、1回以上の裏抜けが検知された攻撃は74.4%となった。ゴールに向かう動きなので多いのは当たり前だが、だからこそクロスやスルーパスといったプレーを記録するのと同様に、裏抜けというアクションもデータとして残す必要があると言えよう。
Football LABにて掲載しているチームスタイル指標のうち、カウンター2種とポゼッション2種の攻撃データと裏抜けの関係を見ても、得点に至った攻撃における裏抜け試行率は高い。敵陣ポゼッション、自陣ポゼッションは攻撃の時間が長く且つ相手の守備も整っている状況下でのプレーとなるため、変化を与える意味でも重要なアクションとなるだろう。
2020J1の裏抜け回数
2020年J1の1試合当たりの裏抜け回数平均は50.6回となった。チーム別にグラフ化すると図のようになり横浜FMが最多となったが、各試合の回数(赤い点)を見ても分かる通りどのチームも試合によってバラつきがある。裏抜けというアクションはボールを保持している状況によって生まれるアクションであり、さらに試合の点差の状況、プレーエリア、各選手のポジショニング状況にも影響を受けるだろう。これらは裏抜けに限らず言える話だが、今回は回数とは違う角度から分析をしていきたい。
相手のポジションラインについて
状況を区別する方法はいくつかあるが、今回は図のようにトラッキングデータから取得した相手選手のポジションからFWライン、MFライン、DFラインを判別し、それを区切りに「FWラインの前」、「FWMFライン間」、「MFDFライン間」というポジショニングによって変動する3つのエリアに分割。各エリアにおけるボール保持時間と、そのエリアでのプレー時における裏抜けの回数から、裏抜け1回当たりの保持時間(秒数)を裏抜けの頻度として計算した。裏抜けは1プレーに対して複数人アクションを行うケースもあるため、チーム単位と選手単位で少々数値傾向が異なる。
エリア別データ1
「FWラインの前」はプレー選手の前方に相手選手が全員いるようなケースであり、相手の裏を狙うには一番遠い状況であるが、そういった中で2020年のJ1において最も裏抜けを試行する傾向にあるのがFC東京となった。逆に最も頻度が少ないのは川崎Fだったが、裏抜けから同攻撃内で味方がシュートに至った割合は両者ともに高い。ポゼッション型のチームでありながらカウンターでゴールを奪えるチームがいるのと同様に、動きが少ないからといって油断できない点は頭に入れておきたい。
エリア別データ2
この3エリアにおけるボール保持時間が最も長いのは「FWラインの前」のエリアだが、「FWMFライン間」の保持時間もそれに匹敵する長さとなっている。一方で相手の最終ラインとの距離はこちらの方が近いため、攻撃に変化を加える意味であらゆる手が考えられるエリアだ。裏抜け1回当たりの保持時間も先程の数値に比べて大きく下がり、頻度が増加した。
「MFDFライン間」になるとその変化はさらに著しくなり、チーム間の時間差も減少。「FWラインの前」では頻度が少なかった川崎Fや大分が、相手の最終ラインにプレー位置が近付くとともに頻度が上昇しているのが分かる。そして1試合平均回数でトップだった横浜FMはこのエリアにおいて突出した傾向が表れた。このように「裏抜け」というアクション1つにおいても、チームのスタイルによってその傾向は大きく変わってくるのだ。
ポジション毎のデータ
選手のデータを紹介する前にポジション毎の傾向を把握しておく必要があるだろう。ポジションはFootball LABの選手ページやチームのフォーメーションページと同じ分け方とした。より詳細を知る場合はシステムも考慮した上で細かく分ける必要があるが、今回は簡単な傾向のみをまとめたい。表にしたデータがポジション別の裏抜け1回当たりの保持時間(秒数)となるが、高頻度となるのはもちろん最前列のCF(センターフォワード)の選手。そしてサイドの選手、2列目の中央の選手と続いていく。CB(センターバック)の選手については4バックの中央か3バックのどこかによっても異なるだろう。セットプレーやパワープレーによって前線へ行き、その攻め残りからの裏抜けでカウントされるケースもある。
ポジション別の傾向を把握した上で、2020年のJ1でのセットプレー以外によるゴールランキングトップ10の選手のデータを見てみよう。ゴールに至った攻撃における裏抜けの試行率や、裏抜け1回当たりの保持時間、裏抜け5秒未満で自分がプレーを行った割合などのデータをまとめている。裏抜け時の移動方向は、裏抜け走行中の方向を8つに分類し、方向別の走行時間の比率をグラフにしたものだ。
選手データ1
特徴的な選手を紹介すると、まずトップスコアラーのオルンガだが、ボールがどこにあろうとも裏抜けの頻度は多く、ゴールへの貪欲さを改めて感じるデータとなった。エリキも全エリアにおいて高頻度を記録しているが、彼の場合は前線の多くのポジションをこなしているため、本格的に分析をする場合は起用ポジション毎に分ける必要があるだろう。
選手データ2
昨季ブレイクした三笘も他の選手と異なる傾向が出ている。三笘は自身がドリブルで裏を取りに行くケースが多いため、オフ・ザ・ボールとしての裏抜けの頻度はそこまで多くはない。一方で裏抜け5秒未満でのプレー割合は唯一50%を超えており、裏抜けをすれば2回に1回ボールが来るというデータとなっている。これはタイミングを見計らった三笘の動き出しの質や、他の選手が常に三笘を視野に入れている証と言えるかもしれない。また、三笘のゴール時の味方の裏抜け試行率は83.3%となっており、他の選手の裏抜けも三笘のゴールに影響している点には触れておきたい。チームメイトであるレアンドロダミアンや小林の裏抜け頻度が、プレーが相手の最終ラインに近付くとともに上昇している点もその証明の一つになるだろう。
「FWラインの前」エリアでのプレー時において裏抜け頻度が多い古橋は、その傾向に加えて俊足であることから、この中では最も前方45度への移動比率が高い選手となった。
10位のマルコスジュニオールは1列下のポジションの選手であるため、センターフォワードやウインガーが並ぶこのランキング内の比較では頻度は少なくなるが、先に紹介したポジション毎のOHのデータと比較すると近い頻度となっている。横浜FMのような裏抜けが多いチームにとって、最前線以外の選手が点を取れるポジションにいるのは重要だ。2年前の記事「『FWのデータに表れない動き』をデータ化する」 にてエジガルジュニオの動きに関連したマルコスジュニオールのゴールのアニメーションを掲載しているが、こういったシチュエーションにもつながってくるだろう。また、攻撃が停滞した際には最前列以外の選手がタイミングよく裏を狙うケースも必要になる。今回はスコアラーを焦点に当てたが、機会があれば中盤やサイドバックの裏抜けデータも取り上げたい。
簡単ながら裏抜けのデータを紹介したが、ちょうど執筆中にオフサイド判定のルール変更についての報道があり、多くの関係者がその結末を注視していることだろう。もしルールが報道通りのように変わるのであれば、相手のライン位置や攻撃側の裏の取り方にも変化が生じるかもしれない。そういった状況だからこそ、様々な角度からより深い分析ができるようデータを構築していきたい。
八反地 勇
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