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J3から成り上がりを果たした選手たち
2017.12.28

厚い選手層に阻まれてチャンスをつかめず、あるいは年齢によるパフォーマンスの衰えなどにより、J1、J2といったカテゴリーを主戦場としてきた選手が、出場機会を求めてJ3に活躍の場を移すことは多い。それではその逆はどうなのか?今回はJ3という舞台で経験を積み、今ではJ1や世界で存在感を発揮しているプレーヤーたちを紹介したい。


①小池龍太
まず1人目は柏で右サイドバックを務める小池龍太だ。JFAアカデミー福島を卒業後、当時JFLに所属していた山口に加入してキャリアをスタート。サッカーに打ち込む傍らで、アマチュア契約のためアルバイトをしながら生計を立て、二足のわらじを履く生活を送る。山口では加入当初からポジションをつかみ、超攻撃なサッカーを展開するチームのラテラルとして頭角を現していく。そして、山口とともに1年ごとにカテゴリーを一つ一つ上げていき、17年からはついにJ1のクラブである柏に新天地を求め、見事にレギュラーの座をつかんだ。

絵に描いたような立身出世を果たした小池だが、上位カテゴリーに主戦場を移したことによってプレースタイルに変化はあったのだろうか?データがある15年から17年までを比較してみた。

出場試合数が違うため純粋な比較はできないが、それでも攻撃的なスタイルを貫いた16年の山口時代と比べると、やや数値的には見劣りする。柏の右サイドといえば今季大ブレークを果たした伊東の根城だ。小池はその伊東のサポート役を担って攻め上がりを自重することもあったため、攻撃に関する数値が伸び悩んだ感がある。ただ、その分ディフェンスで穴をあけることはめったになく安定していた。堅実な守備はそのままに、来季は持ち味であるアグレッシブな姿勢をよりピッチ上で示せるか。「昇り龍」のごとく、さらなる高みを目指す小池のサクセスストーリーの続きに期待したい。

②福満隆貴
続いてご紹介するのは、小池と同じく山口からステップアップを果たした福満だ。15年に当時J3に参入した山口に加わると、主にトップ下のポジションで出場。爆発的な得点力で猛威を振るった攻撃陣の中心となってJ3優勝を果たし、翌年のJ2の舞台でもインパクトを残した。今季はその活躍が認められてC大阪に加入。だが、シーズン当初はベンチ入りすることもできず。それでも、カップ戦で出場機会を得てアピールに成功すると、常にサブメンバーに名を連ねるように。第12節の大宮戦で念願のJ1デビューを果たした。かつては工場勤務も経験した苦労人は、先日行われた天皇杯準決勝で先発入り。延長までもつれた熱戦を制したことで、元日の天皇杯決勝というひのき舞台に立つ可能性がでてきた。ここではあるデータにも注目し、決勝戦での福満のメンバー入りを推したい。

今季福満が出場した公式戦の勝率は72.7%とかなりの高い数値となっている。また、敗れたのは一度だけと何かと「勝運」を持っている選手なのだ。リーグ戦に関しては公式出場時間が5分のため参考値程度だが、カップ戦で台頭してきた男は、その名の通りにC大阪を「福で満たす」かもしれない。J3で自信を深めたアタッカーの躍動に期待がかかる。

③喜田拓也
幼少時から横浜FM一筋の喜田であったが、当初は試合に絡めず。そんな喜田にとって転機となったのが、プロ2年目の14年にJ3リーグが創設され、さらに若手選手の試合出場経験の確保および育成強化を目的にJリーグ・アンダー22選抜(以下J-22)が結成されたことだ。喜田は開幕からJ-22で出場を重ね、第15節の琉球戦では得点も挙げた。以降は所属チームの試合でコンスタントにベンチ入りし、J-22で出場することはこの年はなかったが、横浜FMでJ1初出場を達成。15年以降の飛躍につなげている。

横浜FMではボランチとしてディフェンスラインの1列前に位置取り、相手の攻撃を防ぐ役割を担っている喜田。図表4を見てもわかるように、粘り強い守備を身上とする彼のプレーの特徴はこの頃からよく表れ、J3でもまれたことによって培われた。J-22は15年をもって活動を終了したが、喜田のようにここでの経験が今につながっている選手もいる。

④堂安律
最後の1人は、今夏にG大阪からオランダのクラブへと移籍していった堂安。早くからその才能は知られており、15年にはクラブ史上最年少となるJ1デビューを飾る。そして、16年からの飛び級でのトップチーム昇格が決まった。華々しいプロキャリアをスタートさせた堂安だったが、主戦場となったのはJ1の舞台ではなくJ3だった。セカンドチームである「G大23」がこの年からJ3に参入。堂安は代表活動などでチームを離れる期間がありながらも、ここで21試合に出場した。

堂安は55本ものシュートを放ち、10ゴールをマーク。レフティーらしく右から中に持ち込んでのシュートを得意としており、9ゴールが左足で挙げたものだった。この年磨いた型はJ1の舞台でも生かされ、17年の第8節の大宮戦では得意のゾーンから左足で2ゴールを奪っている。

今回は以上の4人を紹介してきた。12月27日にはJ3の鳥取でキャリアをスタートさせた馬渡和彰が徳島からJ1の広島へ移籍することが決まったが、まだまだJ3での活躍を契機にJ1でプレーする選手は少ない。高い志を持って上を目指し、夢を実現させていくプレーヤーたちがこれから先、さらに増えていくことに期待したい。

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